富山大学はこのほど、妊婦が魚およびn-3系多価不飽和脂肪酸(オメガ3系脂肪酸)を十分に摂取すると、生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間が11時間未満となるリスクが低くなるという調査結果を発表した。同大学術研究部医学系公衆衛生学講座の杉森成実研究生らの研究グループによるもので、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」から得られた約8.7万人の大規模データを用いて調査した。
ヒトは通常、毎日決まった時間に起床・就寝し、おおむね一定のリズムで生活する。体内時計とも呼ばれるこの一定のリズム(概日リズム)は、一人一人の体に備わっている機能で、光を浴びる時間帯や食事などの影響を受けて乱れることが知られている。幼少期の睡眠不足はからだの発達、とくに肥満と関係することが知られており、子どもの概日リズムがどのようなことに影響を受けるか、さまざまな角度から研究する必要がある。
オメガ3系脂肪酸はヒトの健康維持に欠かせない栄養素の一種で、植物油に多く含まれるα-リノレン酸(ALA)や、魚介類に多く含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサペンタエン酸(DPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などがある。これらのオメガ3系脂肪酸は人間の中枢神経系に高濃度に存在し、その構造と機能を維持するために重要な働きをする。しかし、体内で新しく作り出すことはできないため、食品から摂取する必要がある。特に、胎児の中枢神経系の発達には、胎盤を介して胎児に移行するオメガ3系脂肪酸が必要不可欠となる。
睡眠リズムはこの中枢神経系によって制御されており、妊婦の食事内容(オメガ3系脂肪酸を含む魚の摂取)が胎児の中枢神経系の発達に影響を及ぼし、出生後の睡眠時間にも影響を与える可能性がある。実際、先行研究により、魚およびオメガ3脂肪酸摂取が中枢神経系の発達と機能維持に有益であり、睡眠に良い影響を与える可能性が報告されてきた。しかし、調査対象が小規模であることがほとんどだった。
約8.7万人の大規模データ
今回の研究では、食事摂取頻度調査票の魚介類に関する21項目の回答から、妊婦の1日あたりの魚摂取量を計算。さらに得られた1日あたりの魚摂取量から、日本の食品の脂肪酸組成表を使用し、1日あたりのオメガ3系脂肪酸の摂取量も算出した。また、生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間については質問票にて情報収集を行い、保護者が30分単位で回答した(同研究では、米国National Sleep Foundation が1歳児の推奨睡眠時間を1日11~14時間としていることに基づき、11時間未満を睡眠不足と定義している)。
魚摂取量およびオメガ3系脂肪酸の1日あたりの摂取量に応じて参加者を5つのグループに分類し、睡眠時間が11時間未満となる割合を調査。その結果、魚およびオメガ3系脂肪酸の摂取量が一番少ないグループに比べ、より多く魚およびオメガ3系脂肪酸を摂取している全てのグループにおいて、生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間が11時間未満となる割合は少なくなった。
今回、妊婦が魚やオメガ3系脂肪酸を十分に摂取することで、生まれた子どもの1歳時点の睡眠不足を減らす可能性が示された。この結果は妊婦が魚、特にオメガ3系脂肪酸を多く摂取すると、新生児の中枢神経系発達や睡眠状態が良好になるという、これまでの他研究結果とよく一致する。
今回の研究結果は、妊婦が十分な魚を摂取することが、胎児の中枢神経系の発達に有効であり、生まれた子どもの1歳時点の睡眠不足を予防する可能性を示唆している。しかし今回の調査・研究では、母親が記憶に基づき回答した自己記入式の質問票で調べている。また、妊婦の健康意識が妊娠中の食事パターンや生まれた子どものケアの双方に影響する可能性があるにも関わらず、妊婦の健康意識については調べていない。さらに今回、オメガ3系脂肪酸全体の摂取量は調べたが、個々の脂肪酸データ(EPA・DPA・DHAなど)は調べていないため、血中濃度を含めたさらなる研究が望まれる。